バレンタインだし、愛の話でもしておこう

Love

Peggy und Marco Lachmann-AnkeによるPixabayからの画像

ハッピーバレンタイン!日本人男性と付き合わなくなってから10年近く経つので、バレンタインはあげるよりももらうものという感じ。日本の全てのイベントを商売に結びつける感じも好きじゃないし、最近は自分で食べるように買う程度。(ちなみに、このブログを読んで、ゴディバには行かないようにしようと思った…ネスレの定期便も止める!)今年はダイエットに集中しているので、自分にも買わないぞ!でも、こういう日が設定されている事で、普段しない行動ができたり、より思い出に残る1日が過ごせるのはすごくいい事だなーと思う。(2/14に愛を表現するに世界中の人々に幸あれ〜)

「愛」ってすごく大きい、目に見えない不確かなものだと思っていて、20代はいつも欠乏していたし、かなり間違った定義で探し漁っていた。学がない私は、「より優れた」「よりお金を稼げる」結婚相手を探していて、表面的な自己投資ばかりしていた。でも、「結婚」は自分の問題を解決するソリューションではなかった!「結婚」してもしなくても好きな人と暮らしたり、ずっと過ごしてもいいし、好きな人がいなくてもいいし、自分の定義次第で世界はもっと自由になる事をいつの間にか学んだ。

割と厳格で世間体を気にする一般ピーポ〜の両親に育てられたこともあって、30代で自分が子供を産むまで、「結婚するべき」「子供は産むべき」っていう認識がすごく強くて、実際に34歳で第一子を産んだ後に、私は“子供を産まなければならない”と思い込んでいたことに気づいた。結婚せずに子供を産んで初めて自分の思い込みに気づいたのだ。今考えると、産まない選択もあったし、産まなかった・産めなかった、それはそれで自分の人生として「子育て」の事以外で充実させていけば良いと思える。妊娠したからといって、必ず産まなければならないと思わないし、個人それぞれが自分の人生に起きる事象をどう捉えるかが大事だと思う。幼少期から“女の子は男の子を好きになるもの”という思い込みの中で生きてきたけど、もっと自由な前提を与えられていたら、女性も好きになれそうだし、モノアポリーな関係も想像できる。これは私が与えられた価値観の中で生きてきたって事で、自分の頭で考えるのではなく、目の前にあるものだけで世界を構成してしまっていたという事。これに気づくのにも相当な時間がかかったな。(自分の人生だけど、どこか自分の人生じゃないような感覚だったのもこういうところから来ていたと思う。)だから「愛」についても、一般論的な「結婚して家族を作る事」みたいに理解していた。

子供を産んでびっくりしたのが、子供から親に対する愛情の深さ。そういうプログラミングがされてる?!って疑うくらい、子供は親が好きなの!私は全然いい母親じゃないけど、いつも気にかけてくれて、体にまとわりついて来て、うっとおしいながらもこんな時期はもう来ないかもしれないと愛しく思う。どういう因果関係か、自分を選んで生まれて来てくれて、いつも味方でいてくれて本当にありがたいなーと思う。「無償の愛」ってまさにこれ。ていう事で、バレンタインも子供のの話になってしまった!これからも自分なりの愛情を注いで行きたいと思います〜子供にも、それ以外にも!

Have a happy Valentine’s day!

今はまっている韓国ドラマ!

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